裏ビデオの歴史や往年の名作・AV女優、現代の無修正流出事情などをまとめて解説!

裏ビデオの歴史
  • 2021年6月21日
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今回の記事では「現代でも語り継がれる伝説の裏ビデオまとめ」と題して、1980年代から1990年代前半にかけて、昭和の男たちの股間をアツくした裏ビデオの数々を、その歴史を振り返りながら紹介しています。

ぜひ、最後までごゆっくりお読みいただければと思います。

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「裏ビデオ」とは何なのか?その定義や歴史を解説!

アダルト業界の歴史を変えた?ビデオデッキの登場!

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1976年(昭和51年)日本ビクターが国内最初のビデオデッキ(VHS)を発売します。今から半世紀近く前の出来事です。

もう一つのビデオテープの規格「ベータ」と激しい競争をしながら急速に日本国内に普及していったビデオデッキは、アダルト業界にも劇的な革命を引き起こします。

それまでエッチな映像作品を楽しむには、映画館に足を運んで「成人映画」「ピンク映画」と呼ばれるポルノ映画を見るしか方法がありませんでした。

「ブルーフィルム」と呼ばれる8ミリ映写機を使ったエロ映像も戦前からありましたが、広く一般家庭に普及することはなく、一部の愛好家が楽しんだり、温泉宿で団体客向けに鑑賞会が開かれる程度のものでした。

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これは言い換えれば当時の男性たちの夜のオカズは「映像」「動画」ではなく、「エロ本」と言うくくりの書籍であったことを意味しています。

その証拠に1979年には「ビニ本」と呼ばれるビニール包装された「エロ本」が爆発的に流行し、全国に「ビニ本自販機」が乱立します。

この「ビニ本自販機」のために独自に流通した「自販機本」は爆発的な人気を呼び、1979年に創刊した伝説的な自販機本「Jam」では、創刊号の企画で、当時人気絶頂だった歌手「山口百恵」の自宅から出たゴミをあさり、使用済みナプキンなど約40点のゴミを大々的に公開すると言う爆弾企画「芸能人ゴミあさりシリーズ」が世間の注目を集めました。

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それと同時に「裏本」と呼ばれる無修正の「エロ本」を販売する店も増え、こちらも広く普及していきます。

この「ビニ本」「裏本」の帝王として世に出たのがAV業界に転身する前の「全裸監督」こと村西とおるです。

こんな時代に家庭で気軽に見ることの出来るビデオデッキが普及し出したのですから、アダルト業界が放っておくはずもありません。

「裏ビデオ」とは?記念すべき最初の作品は?

「裏ビデオ」とはもちろん性器にモザイクをかけていないビデオ作品のことで、無修正映像を認められていない日本国内では表立って流通することができないため、裏でひっそりと販売されたことから人知れず「裏ビデオ」と呼ばれるようになりました。

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しかし、一口に「裏ビデオ」と言っても流通経路によって次のようにいくつかの種類があります。

①日本国内向けの無修正ビデオとして撮影され販売されたもの。

②海外向けの無修正作品として撮影されたものが、予期せずダビングされ国内流通したもの。

③日本国内向けのモザイクあり作品として撮影された作品の、修正前の映像が何らかの理由で流出、販売されてしまったもの。

エロビデオれいめい期と言える1980年代前半の「裏ビデオ」の大半は①もしくは②のパターンでしたが、バブル崩壊後のAVメーカーの倒産などによって徐々に「裏ビデオ」の意味は③へと変遷していきます。

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ちなみに最初に裏ビデオとして撮り下ろされた作品は1980年前後に関西方面から流通した「星と虹の詩」と言われていますが、これには諸説あるようです。

読者の中にはこの貴重なビデオを持っていると言う方がいるかも知れませんね?

現代でも語り継がれる伝説の裏ビデオ【れいめい期】

伝説の裏ビデオ「洗濯屋ケンちゃん」

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1980年代に青春時代を過ごした中高年の方に「当時、一番流行った裏ビデオは?」と聞いて真っ先に返ってくる答えがこの「洗濯屋ケンちゃん」ではないでしょうか?

「裏ビデオのタイトルにしては妙なタイトル?」と違和感を感じる若い方もいらっしゃるかもしれませんが、これは1969年から1982年にかけてTBS系列で放送されていた、「ケーキ屋ケンちゃん」に代表される子供向けのテレビドラマシリーズのタイトルを文字ったものなのです。

しかもただ単に文字ったものではなく、この「洗濯屋ケンちゃん」の監督を務めた藤井智憲監督自身が、俳優として「ケーキ屋ケンちゃん」に出演経験があることに由来しているのです。

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作品は1982年に国内で流通したものですが、元々はアメリカへ輸出することを想定して撮影された作品であったため、無修正の本番行為を撮影した作品で、一説には日本で初めて顔射シーンを撮影した作品だとも言われています。

ダビング業者を通じて国内に流出してしまった本作は10万本とも50万本とも言われる数が流通し、家庭用ビデオデッキの普及と共に500万人にも及ぶ人が視聴したと言われる裏ビデオの名作です。

出演者は無名女優が2名と男優、草むらでの青姦シーンは東京ディズニーランドが出来る前の浦安の埋立地だと言われています。

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映画監督の黒歴史?「タンポンタンゴ」

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当時の裏ビデオには後に映画監督として活躍する人の作品もあります。こちらはカンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭にも出品経験のある山本政志監督「タンポンタンゴ」、1984年の作品です。

出演男優はミュージシャンで、2000年に小説「きれぎれ」で第123回芥川賞を受賞した小説家の町田康

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映画監督が撮って芥川賞作家が男優を務める裏ビデオ?そんなのあり?もう笑うしかないですね!

作品の内容も独特で、からみのシーン以外はぶっとんでいて、凡人の筆者にはさっぱりわかりません(涙)

ちなみに男優を務めた小説家の町田康は1977年にバンドを組んで音楽活動を始めるのですが、その時のバンド名は「腐れおめこ」・・・才能ある方は若い頃からぶっとんでいるんですね(笑)

裏ビデオの女王「田口ゆかり」登場!

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筆者がはじめて裏ビデオをみたのは大学在学中、大学の先輩が住む、ボロい2階建て木造アパートの一室だったと記憶しています。

その後、狭いアパートの一室に4~5人の大学生が集まり繰り返された「裏ビデオ」を鑑賞しての「焼肉パーティー」いや・・・当時は「焼肉大会」と呼んでいました。

筆者の正直な感想は「ただただ気持ち悪い!」のひと言(涙)

何せ当時の裏ビデオに出演している女優ときたら、ルックスもスタイルもイマイチを通り越してイマハチくらいの感じ・・・おまけに乳首はアメ玉のように大きく、あそこの色はドドメ色・・・食欲など沸くはずもありません。

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そんな「あそこが見えればそれで良し!」だった裏ビデオ界に登場したのが「田口ゆかり」でした。

1959年生まれ、貧しい家庭に育った田口ゆかりは中学生の時にはシンナー、売春などで群馬県榛名の女子少年院に一年半入所、1980年、21歳の時に結婚しますが、同じ年にビニ本でデビュー、それまでの女優とは一線を画す段違いのルックスとバスト83センチ、ウエスト58センチ、ヒップ87センチと言うスレンダーなモデル体型であっと言う間に人気者になります。

そしてそんな田口ゆかりがついに裏ビデオにも出演することに・・・

「将軍 家光」

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海外向けに撮影された田口ゆかりの裏ビデオは基本的に純和風のドラマ仕立ての作品が多い傾向にあります。

この「将軍 家光」はタイトル通り徳川3代将軍家光の時代が背景になっていて、田口ゆかりは大奥の腰元に扮しています。

撮影セットはかなり豪華で、木彫りの大人のオモチャなど細かなディティールにもこだわりを見せています。

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きっと40年前の海外の人にはこういうテイストの作品の方が、異国情緒を感じて受けが良かったのでしょうね?

しかし、髪を結って白い長襦袢(ながじゅばん)に身を包んだ田口ゆかりは、日本人から見ても妖艶な雰囲気にあふれていますね。

「忘れな草」

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この「忘れな草」は田口ゆかりの代表作と言っても良い裏ビデオで、長野県の温泉旅館で日本髪を結った芸者を演じ、大変な人気を博しました。

この作品で行われた「女体盛り」「ワカメ酒」は、一躍、昭和男たちの憧れの温泉プレイになります。

この作品を撮った1984年、田口ゆかりは金使いの荒さから借金がふくらみ、佐賀県にある嬉野(うれしの)温泉のソープランドで働きながら、地元の秘宝館でサインを売るなどしています。

そのソープランドが多くの人で賑わったのは言うまでもありません。

「黒い菊」

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田口ゆかりが旦那を病気で失くした未亡人に扮した、当時の日本を舞台にしたドラマ風の作品です。

当時の裏ビデオは最初に紹介した「洗濯屋ケンちゃん」なども含めて、どの作品も一応ドラマ仕立てのストーリーがあるのが特徴です。

主人を亡くした未亡人と言う背徳の設定には、やはり海外の人も興奮するのでしょうか?(笑)

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この作品は巻末にNG集と銘打って、関係者が危ない話や撮影秘話を明かしている作品で、結局それが警察に目を付けられる原因にもなったと言われています。

わいせつ図画販売の疑いで指名手配を受けた田口ゆかりは1985年に逮捕されることになります。

「ダイヤモンド映像」発のお宝裏ビデオ!

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田口ゆかりが「裏ビデオの女王」として活躍した1980年代の前半、表のAV業界にも美しいルックスを持つ人気AV女優たちが登場しだします。

1965年生まれで80年代半ばに活躍した「竹下ゆかり」、1963年生まれで80年代後半に活躍した「小林ひとみ」などはその代表格と言えるでしょう。

この2人はテレビドラマや映画、バラエティ番組などにも出演し、それまでの「ポルノ女優」と言うどこか薄暗く、日の当たらないイメージを払拭し、「AV女優」と言う呼び方を定着させるのに大きな貢献をしました。

そして、彼女たちに続けとばかりにAV業界に、アイドルもびっくりするような、スタイルとルックスを持つ美少女たちが登場していきます。

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そしてそんな美少女たちを起用したのがクリスタル映像の超人気監督だった村西とおるが1988年に独立して興したAVメーカー「ダイヤモンド映像」です。

この「ダイヤモンド映像」からは、当時の人気AV女優たちが次々と作品をリリースし、AV業界を席巻しますが、多角経営に失敗し、1992年には多額の負債を抱えて倒産してしまいます。

そして・・・ダイヤモンド映像が所有していた多くの修正前の元ネタが、「裏ビデオ」として流出してしまうことになります。

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そもそも1980年代前半の表作品はモザイクも粗く、まだまだゴムフェラ、疑似本番が中心でした。しかし、リアリティを追求した村西監督は本番作品にこだわり、AV業界に新たな波を起こした張本人でもありました。

それが結果、無修正の裏ものとして流出・・・出演女優にとっては悲劇としか言いようがありませんが、見る者にとってはまさに「お宝映像」としか言いようがありません。

そこにはどんな女優さんがいたのでしょうか?代表的な女優さんを少し見てみましょう!(他のメーカーからの流出も含んでいます)

村西監督の経歴

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AV監督村西とおる

AVクイーン「樹まり子」(いつきまりこ)


出典:復刻 レ●プ狂い 5 感染 樹まり子(FANZA)

1989年からの2年間ほどの間に50本以上の作品に出演し、AVクイーンと呼ばれた「樹まり子」、日本人離れしたグラマラスボディと美しいルックスでファンを魅了しました。

引退後は5年半にわたって伝説のAV男優、加藤鷹と同棲していたそうです。裏流出作品は未発売のものが多く、クオリティの高い作品ばかりです。

流出タイトル「スーパーアイドル」

AVアイドル「桜樹ルイ」(さくらぎるい)


出典:不死鳥ふたたび 桜樹ルイ(FANZA)

ズバ抜けた美少女風のルックスで本家のアイドルも顔負けだった「桜樹ルイ」、「こんなにかわいい女の子のエッチが見れるなんて!」当時は本当に衝撃でした。

「桜樹ルイの裏ビデオが流出!」あんなに必死に裏ビデオを探したのは、生まれてこの方、あの時だけです(笑)

ようやく手に入れた裏ビデオはダビングが重ねられ、かなり画質が悪かったですが、興奮でビデオデッキにテープを入れる手が震えたのを覚えています。

流出タイトル「絶叫!!そこが感じるの」

わき毛女優「黒木香」(くろきかおる)

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横浜国立大学在学中と言う高学歴に加え、びっしりと生えたわき毛に「私思いますに……でございます」と言う妙にクソ丁寧な日本語で一躍、人気者になった「黒木香」、テレビ出演の機会も多く、世間の認知度は抜群でしたね。

村西とおる監督のプライベートなパートナーとしても知られ、関連会社の役員も務めていました。ドラマ「全裸監督」の登場人物として今の若い方もご存知かも知れませんね。

丁寧な言葉使いで卑猥な言葉を連発する黒木香は今の「淫語プレイ」のはしりかも知れませんね。

流出タイトル「SM麗奴」

錦鯉のタトゥー「北岡錦」(きたおかにしき)

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左肩に入れた錦鯉のタトゥーが印象的だった「北岡錦」、今のようにファッション感覚でタトゥーを入れる人がまだ少なかった1991年にAVデビュー、当時はタトゥーと言うより「入れ墨」と言う言葉の方がぴったりくる時代でしたね。

今では「タトゥー=ヤクザもん」と言う感覚はありませんが、当時はまだそうした風潮が強く、それだけに強烈にインパクトのある女優さんでしたね。

流出タイトル「スイート・バニー 錦」

No.1巨乳女優「松坂季実子」(まつざか きみこ)

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1990年前後の巨乳女優として真っ先に名前が浮かぶのがこの「松坂季実子」テレビ出演の機会も多く「巨乳ブーム」の先駆者とも言える有名女優さんです。

芸名の「松坂季実子」が女優の「松坂慶子」「池上季実子」から取られていることは、中高年の方ならおわかりだと思いますが、今の若い方はこの2人の大女優の名前もきっと知らないことでしょうね(涙)

ダイヤモンド映像が飛躍するきっかけにもなった看板女優さんで、「松坂季実子で1本撮れば1億円の利益が出る!」と村西監督自身がテレビ番組で語っています。

流出タイトル「女医・季実子」

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「裏ビデオ」のその後

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1980年代から1990年代にかけてビデオデッキの普及と共に広まっていった「裏ビデオ」、やがてそのビデオデッキも衰退しDVDの時代になり、そして今ではエロ動画はネット配信が主流になり、気軽にスマホやパソコンで楽しめる時代になりました。

昭和の時代、画質の悪い無修正の「裏ビデオ」をまるで宝探しをするように苦労して探したのに、今では海外にサーバーを置くサイトで、いくらでも無修正動画を視聴することが可能になりました(涙)

では「裏ビデオ」はもうなくなったのでしょうか?・・・いえ、そんなことはありませんよ!

デジタル配信が主流となった現在でもAVメーカーの倒産・廃業、あるいは制作に関わったスタッフからの流出などによって、本来、無修正作品として配信されることのない作品が「裏ビデオ」として流出するケースが頻発しています。

そこではもちろん本来見ることの出来ない有名女優たちの無修正のアソコやセックス動画を楽しむことが出来るのです。

そんなネット配信時代の「裏ビデオ」を楽しめるサイトをいくつかご紹介したいと思います。

最新の「裏ビデオ」を楽しむなら『JAPANSKA(ヤパンスカ)』

JAPANSKA無修正トップ001

最新の有名女優たちの無修正流出作品を楽しめるのが、無修正動画配信サイト『JAPANSKA(ヤパンスカ)』です。

『JAPANSKA(ヤパンスカ)』では有名AV女優の裏流出作品が続々と配信されています。

利用料金は月額定額制のサブスク型で、パソコンなどにダウンロードして楽しむことが可能です。

懐かしの超有名女優から今話題の人気女優まで、大人の事情で流出してしまった最新の「裏もの」を見ることが出来ます。

詳しくは公式サイト、またはこちらの記事をお読みください。

無修正アダルト動画のJAPANSKA(ヤパンスカ)

2019年7月から運営が始まったアダルト動画サイトのJAPANSKA。 扱っている動画はAV女優の無修正動画や素人無修正…

懐かしの「裏ビデオ」を楽しむなら『昔の裏ビデオ配信』

昔の裏ビデオ配信022

昭和から平成にかけての懐かしい「裏ビデオ」を楽しめるのが『昔の裏ビデオ配信』です。

こちらは懐かしの「裏ビデオ」に特化した動画配信サイトで、これほど昔の「裏ビデオ」をラインナップしているサイトは他にはないのではないでしょうか?

長い間新作は更新されていない様子で、古いサイトですが現在でも利用は可能です。

ちょっと不安だな?と言う方はインターネット専用のVisaプリペイドカード「Vプリカ」を利用して登録するのがオススメです。

詳しくは公式サイトを、「Vプリカ」に関してはリンク先の記事をご覧ください。

かしわもちおの有料アダルト鬼比較

Vプリカはインターネット上のVisa加盟店でクレジットカードと同じように使えるプリペイドカードです。 そしてこのVプリカ…

まとめ

今回の記事では「現代でも語り継がれる伝説の裏ビデオまとめ」と題して、裏ビデオの歴史と共に、その代表作と昭和男の股間をアツくした有名女優たちを紹介してきました。

いかがでしたでしょうか?お楽しみいただけましたか?

私自身、記事を書いていて、懐かしい思いと共に「昔のAV女優さんは魅力的だったなぁ?」と改めて再認識致しました。

今回の記事はこれで終わりにして、私も早速、昔の懐かしい女優さんの作品を久しぶりに見てみたいと思います(笑)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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